犀のように歩め

自分の角を道標とする犀のように自分自身に対して灯火となれ。鶴見俊輔さんに教えられた言葉です。

2025-01-01から1年間の記事一覧

星座の記憶

去年はやめていた真冬の夜の早歩きを、今年は防寒具を買い込んで敢行しています。久しぶりに夜空を見上げると、この時期の星々は、どの季節よりも美しいと感じます。オリオン座の右肩にあたるベテルギウス、その真下に明るく輝くシリウス。さらにプロキオン…

君ならばどうする

昨日の朝刊の「折々のことば」(鷲田清一連載記事)に、内田樹さんの次の言葉が掲げられていました。「今なら何をしても処罰されない」という条件を与えられたときにどのようにふるまうかを見れば正味の人間性が知れる。(『反知性主義者の肖像』から)これ…

かけがえのない贈り物

鷲田清一さんが、テレビ番組の取材のために、明治期に開校した京都の小学校を四十年ぶりに訪ねたときのことを、著書『自由のすきま』に書いています。 鷲田さんは、校舎が卒業当時のまま残されており、玄関のどっしりとした石畳の佇まいや、木製の階段の手す…

メネシス仮説ー太陽の双子星

忘年会の帰り、酔いを覚ますつもりで、近くの公園を歩いて帰路につきました。 いつもの散歩よりも遅い時刻だったせいか、空気は澄み切っており、久しぶりに星々のはっきりとした輝きを目にすることができました。東の空、オリオン座の左側に、ひときわ明るく…

夫婦の時間に錘をつける

夫婦での旅行から帰り、どこそこが楽しかったと話しているうちに、話題はふと立ち寄ったワイナリーのことに行き着きました。 ぶどう園を擁する私設の公園がちょうど紅葉の盛りで、私たち夫婦のほかに人影はなく、まるで貸し切りのようだったこと。ワインを寝…

旅のむこう

夫婦で一泊の温泉旅行に行ってきました。 車で二時間弱の行程を、気の向くままに寄り道しながらの旅でした。 子どもが生まれてから、夫婦だけで泊まりがけの旅行に出るのは初めてだと、妻が言います。よくよく思い返してみると、たしかにその通りでした。そ…

器を育てる

出張先の駐車場に、大きな銀杏の木が立っていました。黄葉した葉は陽に照らされ、金色の輝きを放っています。 近くに誰もいなかったので、木肌に手のひらを当ててみました。わずかな温もりが伝わり、このまま幹を抱けば腕の中にすっぽり収まるほどの大きさで…

天上への切符

年末の仕事で新幹線を利用する機会が多くなりました。自由席に座ることが多いので、ときどき車掌による検札があります。指定席では、改札を通った情報が車掌の端末に共有されるため、改めて確認をする必要がないのだそうです。ところで、『銀河鉄道の夜』で…

無事ということ

師走に入ると「無事」の掛け軸をよく見かけます。 無事とは、心が平安に満たされている状態だとイメージできても、それが、どのような境地なのかを言い表わすことは困難です。そこを考えるとき、心の平安そのものを考えるよりも、むしろそれを乱すものは何か…

放下ということ

この時期になると、どうしても一年を振り返り、反省点をあれこれと並べては、来年への課題を思いめぐらせます。そうして気がつくと、いつのまにか眉間に皺を寄せている自分に気付くのです。気分を変えて、もっと明るくものを考えるにはどうしたらよいのか。…

志村ふくみの言葉

「朝三暮四」という言葉から、世間の基準に過度に合わせるのでもなく、かといって真っ向から反発するのでもない、微妙な 「あわい」に身を置くことについて考えてみました。 聞きようによっては、つかみどころのない空論のように思われるかもしれません。け…

朝三暮四について

師走ともなれば、年内に決めるべきことが山積します。忙しい時ほど、つまらないことに迷って、時間をかけているようにも思います。よく考えると結果は同じなのに、目先の違いにばかり心を奪われる愚かしさを、「朝三暮四」と言います。中国の古典『壮子』な…

イチョウの足跡

出張先の近くに、「太原(たいばる)のイチョウ」と呼ばれるイチョウの樹林があります。 十年ほど前、初めてそこを訪れたときには、隣の駐車場に車を停めて、黄葉に包まれた林のなかに入り、金色の絨毯の上にしばらく佇むことができました。別世界のようなこ…

美ら海の青

今度の三連休の沖縄旅行を企画してくれたのは、娘たちでした。 今では生活が離れてしまった双子の娘たちは、メールで連絡を取り合い、家族四人分の飛行機や宿の手配までしてくれたのです。那覇の宿から美ら海水族館まではレンタカーで向かいました。仕事で運…

首里城の赤

三連休を利用して、沖縄へ行ってきました。 旅のなかで最も印象に残ったのは、復元が進む首里城の姿でした。来年秋の完成に向け、正殿の外観はほぼ出来上がり、ところどころに設けられた透明なフェンス越しに、その全貌をうかがうことができます。今回の「令…

客の心になりて

多くの名物道具を収集し、分類したことで知られる大名茶人、松江藩藩主・松平不昧は、「客の心になりて亭主せよ。亭主の心になりて客いたせ」と語っています。 相手の立場に立って接しなさい、という処世訓として理解されがちな言葉ですが、もう少し掘り下げ…

未知の引き出しを開ける

師走も近づいてくると、一年を締めくくる言葉が、床の間を飾るようになります。 稽古場に「百尺竿頭進一歩(百尺竿頭に一歩を進む)」が掛けられていました。私はこの言葉を、一年を振り返り、さらに来年の飛躍を願う言葉として捉えています。 前人未踏の最…

枇杷の花の祭

近所の生垣に、枇杷の花のほころんでいるのを見つけました。 バニラのような甘い香りがなければ、大きな葉に守られるように咲く小さな花に、気づくことはなかったかもしれません。香りのある枇杷の花が茶花として忌避されないのは、この時季に花の種類が少な…

老いを寿ぐ

炉開きのこの時期、稽古場の待合には、毎年、松尾芭蕉の句を書いた色紙が掲げられています。 炉開きや 左官老い行く 鬢(びん)の霜炉の準備をする左官たちが、町を忙しなく駆け回る「炉開き」は、芭蕉の時代には冬支度の一大風物詩だったのでしょう。ふとす…

千秋の銀杏の木

炉開きの稽古で、茶杓の銘をつけ、道具について問答をします。 手引きには、炉開きの時によく用いられる銘として「千秋」が挙げられていたので、さっそくこの銘を選びました。紅葉の蒔絵があしらわれた大棗にも、ちょうど似合っているように思ったからです。…

時間を集める列車

職場の来年のカレンダー作りをしています。 旅先で撮った写真を十二枚そろえて、顧客向けの卓上カレンダーに仕立てるというのが、この時期の恒例行事なのです。その中に、列車の車窓から無人駅に咲く花を見かけて、思わずカメラを向けた一枚がありました。夢…

絵に描いた餅

「絵に描いた餅」という言葉は、仕事の世界でもよく使われます。実現可能性が低かったり、具体性に乏しい計画や理念などを指すものです。しかし私は、この言葉が相手の批判に使われるばかりで、思考停止を招きやすいことに、いつも違和感を覚えています。た…

半夜の鐘

裏千家淡交会の会報誌「淡交タイムス」十一月号に、坐忘斎家元の言葉が載っていました。 例年どおり稽古場に「月落長安半夜鐘」の軸を掛けたところ、ふと、この夏に亡くなられた父・鵬雲斎宗匠の好みの一幅であったことを思い出されたそうです。掛け軸の句を…

山本由伸「三昧」の投球

山本由伸投手が、ワールドシリーズ最終戦を戦い終えたインタビューで、「まるで野球少年に戻ったような気持ちだ」と語っていたのが印象に残っています。 それは、ただ目の前のプレーに夢中になっていた、ということなのかもしれません。そのとき、ずいぶん前…

「三昧」に入る

本日の稽古は炉開きでした。床の間には「平常心是道」の軸が掛かっています。 久しぶりに着物を着ての稽古だったせいか、裾を踏んだまま立ち上がろうとして、危うくバランスを崩しそうになりました。まるで下半身が反乱を起こしているような具合です。むかし…

四頭立ての馬車

佐々木朗希がピンチでマウンドに上るとき、胸が熱くなってしまいます。彼はまだ、わが娘たちと同じ歳なのです。その心中を察するうちに、だいぶ前に書いた「四頭立ての馬車」の話を思い出しました。精神科医の名越康文さんは、「心は自分そのものではない」…

茨木のり子「みずうみ」

茨木のり子の詩の中で、最も好きなもののひとつが「みずうみ」です。 ランドセルを背負った幼い二人の娘が「だいたいお母さんてものはさ、しいん としたとこがなくちゃいけないんだ」と文句を言うところから、この詩は始まります。きっと登校前の娘たちに、…

不在が開く美しさ

プランターにようやく根付いたホトトギスが、ひとしきり花を咲かせたあと、ひとつ、またひとつと萎れてゆきます。まだ青みを残す葉のあいだから、白紫の斑点の花がのぞくさまは、茶花に似合う控えめな美しさでした。今週からの急な冷え込みに、花も驚いたの…

歳月を織る

詩人の茨木のり子が、哲学者・長谷川宏との対談『思索の淵にて』の中で、次の詩(長詩の一部)を紹介しています。今まで読んできた詩のなかで、一番好きな詩なのだそうです。 年をとる それは青春を 歳月のなかで組織することだ (ポール・エリュアール/大…

大谷翔平の最も偉大な日

土曜日はお茶の稽古の日なので、たとえ大谷翔平が先発であろうと、リーグ優勝がかかった大一番であろうと、私は午前10時には家を出なければなりません。 大谷が第2打席でフォアボールを選んだところで、後ろ髪を引かれながら稽古に向かいました。さて、こ…