犀のように歩め

自分の角を道標とする犀のように自分自身に対して灯火となれ。鶴見俊輔さんに教えられた言葉です。

白芙蓉の花


稽古場には、竹の鶴首に一本、白い芙蓉の花が咲いていました。
空に向かって大柄な花を広げている姿は、まるで宙に浮いているかのようです。風が吹けば揺れて、そのまま散ってしまいそうな一日花ですが、稽古のあいだ、ずっと同じ姿を保っていました。見かけよりも、ずっと芯の強い花なのだと思います。

そよりとも風のふかねば揺れもせずただに咲きたる白芙蓉かな
(木下利玄『一路』)

芙蓉とはもともと中国では蓮の花を指す言葉だったらしい。『長恨歌』に歌われる芙蓉も、平安時代の「芙蓉のかんばせ」も、蓮の花に美しい人の姿を重ねたものだという。

しかし、たった一日、ふわりと薄い花を咲かせ、その姿を懸命に保っている芙蓉の花は、人を惹きつけて離しません。
蓮の花には、清浄な世界へ誘うような趣があります。それに対して芙蓉の花は、一瞬だけこの世に現れて、やがて向こうの世界へ帰っていく者のようです。蓮の花が美の世界をこの世にとどめるものならば、芙蓉の花は、瞬間この世に現れる妖精といったところでしょうか。

芙蓉の花には、こんな歌もあります。

白き蝉散らばるごとし咲き終へし芙蓉は朝の土に静もる
(栗木京子『南の窓から』)

「白き蝉散らばるごとし」とは、散った芙蓉の花を、土に散らばる白い蝉に見立てた歌です。
この世に現れた瞬間から、どこか死のにおいを漂わせている。それが、芙蓉の花の美しさを際立たせているのかもしれません。

秋茄子の振り幅


秋茄子が食卓に並ぶようになりました。焼き茄子は口に入れた瞬間に繊維がほどけ、果肉は上品な甘みを残します。漬物にした茄子が、口のなかで「キュッキュッ」と音を立てるのも、今まさに生きていることを感じさせる瞬間です。

 つつましいこの幸せよナスをとる鋏の音が空にひびけり
 (鳥海昭子『誕生日の花と短歌365日)

丸々と太った茄子を収穫する瞬間のよろこび。秋の恵みをいただくことの幸せは、こんなところにもあるのです。

その一方で、茄子にはこんな歌もあります。

 秋茄子を両手に乗せて光らせてどうして死ぬんだろう僕たちは
 (堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』)

残暑の光を照り返す茄子の溢れるような生命力は、同時にその命が尽きることまで想像させるのでしょうか。あるいは盆供を用意していたときに、ふと故人のことを思い出したのかもしれません。

ところで、この茄子を噛んだときの音が、身震いがするほど嫌いだという人がいることを知って驚きました。ちょうど黒板を引っ掻いたときのような嫌な感覚が背中を走るのだといいます。歯と茄子の皮や繊維が擦れる「キュッキュッ」という特有の振動や食感が、不快な感覚を引き起こすことがあるのだそうです。

光沢のある茄子を見て、生きることの喜びと、やがて死ぬことへの恐れとの両方を感じるように、口のなかで鳴る「キュッキュッ」という音もまた、人によっては正反対の感覚を呼び起こします。
愛嬌のあるこの野菜には、意外な振り幅が隠されているように感じました。

山土産(やまづと)


稽古場に置いてあった茶道具カタログのタイトルが「山土産」(やまづと)でした。もうそんな季節なのかと思います。
山の産物を表わし、秋の山の幸を指すことが多い言葉です。この美しい言葉は、数年前の秋の茶会で、お茶菓子の銘に付けられていて、初めて知りました。「やまづと」と読むのは、食品をわら等で包んだ「苞(つと)」という言葉にかけたものだといいます。

「山の幸」とは少し違い、そこには山の恵みだけでなく、それを届けてくれる人の姿も浮かんできます。
万葉集にも「山土産」は登場します。  

あしひきの 山行きしかば 山人の われに得しめし 山づとぞこれ
(元正天皇)

(山を歩いていたところ、そこにいる山人が私にくれた山のお土産ですよ、これは)

山人の精一杯のもてなしを、喜んで受けとる素直な気持ちが、また心地よい一首です。この歌を読んで『遠野物語』の世界を思い出しました。物語の底流には、山と里の境界に生きる人々との交錯や畏怖の念が流れています。山の恵みは、そうした畏怖の念の向こうから、里へ届けられていたのではないでしょうか。

かつて裏千家家元の坐忘斎宗匠の講演で、「一里四方でまかなう」という話を聞いたことがあります。千家の月はじめの茶懐石を受け持つ料亭「辻留」の主人は、月末に届けた献立表の食材が手に入らなかった場合、手を回して、あちこちから取り寄せようとはしません。一里四方で手に入る食材の中で精一杯のものを月初に届けるのだそうです。

人間の欲には際限がなく、珍しいもの、人の手に入りにくいものを、貪るように追い求めてゆきます。「一里四方でまかなう」哲学は、無いものを無闇に追い求めることから自由になることでもある、そう宗匠は仰っていました。そうだとすると、一里四方の外から届けられる食材は、思いがけない贈り物にほかならないのだと思います。

これから秋が深まり手元に届く山の幸を、「山土産」という言葉とともにとらえ直してみようと思いました。

キツネノカミソリ


茶道の稽古の帰りに、立花山のほうに車を走らせると、面白い野草を見ることができます。林のなかにひときわ明るい花が見えたので、車を停めて近くに寄ってみると、キツネノカミソリでした。

長く伸びた茎の先に、燃えるような赤い花をいくつも付けています。この花が群生する様子は、もう少しあとに咲き出すヒガンバナに似ています。そして、ヒガンバナと同じように、どこか不穏な雰囲気さえ醸し出しているのです。

 怖れては遠目に見たる花なりき
 キツネノカミソリ群れる初秋
 (鳥海昭子『誕生日の花と短歌365日』)

花の佇まいだけではなく、この花の名は人を怖れさせます。

キツネノカミソリは、花を「狐火」に、葉を「剃刀」に見立てた名前といいます。昔、正体の分からない明かりは、キツネが口から吐き出す「狐火」と信じられていました。森陰に突如現れる、炎のような花は「狐火」に見立てられたのです。花の時期には隠れていますが、その葉は剃刀の刃に似ているのだそうです。

キツネノカミソリもヒガンバナも、他の草花が衰えた時期に、葉をつけず花茎だけを一気に伸ばして開花させます。花の時期が終わった頃に葉を茂らせて、太陽の光を独占し球根に栄養を蓄えるという、生き残りの知恵を持っているのだそうです。

こうやって栄養をため込んだ球根は、ネズミやモグラなどの野生動物の格好の標的になってしまうため、花茎は猛毒を持っています。あの不気味な赤色は、その猛毒を外部に知らせるサインだという説もあるそうです。

ほかの植物が花を終わらせたころに花を開き、ほかが葉を枯らすころに葉を茂らせる。人の目には「他に逆らう」ようにも見えるこの生き方も、この花にとっては、ただ生きるための姿なのでしょう。そう思って見ると、林のなかで燃えるように咲く赤い花が、少し違って見えてきました。

リンドウの花


リンドウは、お盆の時期に備えられる仏花として馴染み深い花です。少し秋が深まると、山野に自生する、鮮やかな青紫の釣鐘状の花を見ることができるようになります。花を天に向かって広げる姿は、物静かな女性が、ふっと笑顔を見せているようにも見えます。

リンドウは漢字にすると中国での名前である「竜胆」となり、古語では「竜胆」の音読みから来た「りうたむ」となって、このあたりの知識がなければ、詩や文章のなかから、正しくこの花を見つけることは困難です。たとえば次の歌には、リンドウの花が隠れています。

我が宿の花ふみしだくとりうたむ野はなければやここにしもくる
(紀友則、『古今和歌集』)

私の家の庭の花を踏み荒らしている鳥を、打ち据えて懲らしめてやろう。野原にはもう花がなくなってしまったからといって、わざわざ私の庭のような場所にまでやって来るのだろう。

意味だけ追えば、風情も何もない歌ですが、ここには「隠し言葉」の遊びの楽しさと、意味を幾重にも織り込むことによる効果があります。

「鳥打たむ、野は無ければ」には「りうたむの花」が隠れており、「ここにしもくる」には「ここに霜くる」と秋の深まった様子が隠れています。歌の意味通りの「野に花がなくなってしまった」の裏に「リンドウの花が咲いて、秋も深まった」という意味が重ねられています。季節の移ろいを別の視点から語っているのです。

「りうたむ」という日本語離れした名は、五七調の和歌には馴染みにくかったのでしょう。だからこそ、この歌では「鳥打たむ」という言葉のなかに忍び込ませることで、リンドウを歌の世界に招き入れています。
思いがけず歌に詠まれたリンドウの、はにかんだような笑顔が思い浮かびます。

百日草の咲くころ


近くの公園の新しくなった花壇には、季節の花々が咲き誇っています。このなかで一番長く咲き続けているのは「百日草」でしょう。初夏から秋まで百日の間咲き続けるので、この名がついたのだそうです。夏の時期の他の花々と同じように、次から次へと新しい花のつぼみをつけるのだといいます。

赤、黄、オレンジなど夏の日差しに映える色の花をつける、親しみやすく、どこか懐かしい花です。

 天を仰ぎよく笑いたる友ありきヒャクニチソウが咲けば想わる
 (鳥海昭子『誕生日の花と短歌365日』)

この歌のようにどこまでも明るく、元気にしてくれる花ですが、遠い昔の友人のように懐かしくもあります。おそらく、屈託もなく笑いあった頃を懐かしく思い出すのと、同じなのでしょう。

わたしが大学を卒業した頃は、バブル到来前の比較的穏やかな時代でした。それでも将来への不安はあり、就職をめぐって、あえて留年する友もいました。将来への不安を抱えながら、友とよく笑いあった記憶だけが鮮明に残っています。人生のなかで一番笑った時期ではなかったでしょうか。
当時を振り返れば、楽しいばかりではない、自分たちを少し笑い飛ばすような、シニカルな笑いでもあったと思います。

あの頃の友人たちはすでに定年に達し、嘱託期間も終えて完全にリタイアしたという便りも届くようになりました。ヒャクニチソウの花々を見ていると、若かったあの頃の友の笑顔がよみがえります。友もまた、あの頃の笑いを思い出すことがあるだろうか、と思います。

葡萄の重たさ


巨峰の産地直売所へ足を伸ばしました。ここで選んだ葡萄を、妻の実家の手土産にするのが、この時期の恒例行事なのです。
臨時直売所の駐車場は、この時期やっと駐車できるほどの繁盛でした。テントの仮設店舗に並んだものから、色が濃く粒がそろっていて、軸は緑色の房をふたつ買うことができました。

先日、葡萄園を訪れた折、葡萄の一房ひと房丁寧に紙袋が掛けられている様子を見たので、何気なく並んだ葡萄に、いつもより愛着を感じます。

巨峰の歌を探していて、次の一首に出会いました。

 一房の巨峰重たき熱もてり近代の巨大異変種の末
 (馬場あき子『葡萄唐草』)

作者によると、ちょうどこの歌を詠んだ頃、女性歌人たちの間で葡萄狩りに行くのに同行するはずだったのが、短歌月刊誌の歌作に間に合わず、やむなく留守番をえらんだのだそうです。その折、一人残された机の前に、植物事典を開いて、葡萄のページを繰っていてふと目に止まったのが、この「巨大異変」という言葉だったといいます。
そこから、前掲の歌や、「巨峰栽培に魅せられて一生尽きぬべし雪国の男の夢哀しけれ」という歌が生れました。

あき子の父も雪国の男であり、庭に葡萄棚を作って楽しんでいました。これほど人を魅了する葡萄はどこからきたのか、と歌人は問います。あき子は「巨大異変種」という言葉の奇異さよりも、そんな葡萄を生み出した人の情熱に目をとめるのです。

葡萄は能衣装や蒔絵の意匠には登場します。それが近代になって、身近な果実として歌にも詠まれるようになりました。その背景には、品種を改良し、栽培を工夫してきた人々の情熱があるのでしょう。前掲の歌の「重たき熱もてり」は、その情熱に応えるような葡萄の重たさであり、熱なのだと思います。しかし、その熱は、「巨大異変種」という言葉にまで行き着きます。

今日買った二房の巨峰を、両手に持ってみました。ずっしりと重い、その重さを感じながら、葡萄をここまで大きくしてきた人の手と、その先にある「巨大異変種」という言葉を思いました。