犀のように歩め

自分の角を道標とする犀のように自分自身に対して灯火となれ。鶴見俊輔さんに教えられた言葉です。

2020-01-01から1年間の記事一覧

わが内なるゴーシュ

中村哲医師は、2004年、「イーハトーブ賞」を受賞しています。同賞は、岩手県花巻市が主催し、「宮沢賢治学会イーハトーブセンター」が、宮沢賢治の名において顕彰されるにふさわしい実践的な活動を行った個人を表彰するものです。アフガニスタンでの用…

百尺竿頭進一歩

今年の茶の稽古もあとひと月になりました。残された日が短いからこそ、あと一歩もう少し頑張ってみようと考える時期でもあります。「百尺竿頭に一歩を進む」の語を思い起こしますが、これは前人未踏の最前線に立ってもなおその先を目指す、という意味あいと…

コロナ禍と「ふれる」こと

来年の初釜茶会は「各服点」の作法で行うと、師匠からお話がありました。各服点(かくふくだて)とは、濃茶碗を主客から次客、三客へと手渡しで回し、同じ茶碗の濃茶を一緒にいただくのではなく、次客以降の客に対して水屋で点てて用意したお茶を、亭主が「…

花野の道ひとつ

この秋二度目の台風に備えるために、雨漏りの被害の可能性のある書棚を整理していると、ほぼ半世紀前の歌集がでてきました。わたしの叔母は、病で亡くなる前の二年間に立て続けに二巻の歌集を遺しており、そのうちの一冊に久しぶりに出会ったわけです。青年…

槿花一朝の夢 (きんかいっちょうのゆめ)

「宗旦木槿(そうたんむくげ)」の花が咲いています。 夜中の台風に吹き飛ばされないように、室内に避難させていたプランターを、台風が過ぎ屋外に出しておいたところ、翌朝になってみるとやわらかな花弁を広げていました。まるで暴風雨から守ってくれたお礼…

したたかに生きる

「ある本を読んで以来、風景が変わって見えてくる」とは陳腐な表現だが、本書には間違いなくその影響力がある、と木原善彦さんが「訳者あとがき」に記しているように、『オーバーストーリー』(リチャード・パワーズ著 新潮社)には、世界の見え方を変える力…

じっとしていること

せっかくの連休にもかかわらず、家で「じっとしている」という人も多いのではないでしょうか。コロナ禍のもと出歩かないことは、自主規制も含めて「強いられて」の選択であって、もともと「じっとしている」こと自体が否応なく選択せざるを得ないものなのだ…

もうすぐ夏至だ

2人1組、一客一亭の変則的なお茶の稽古も、1か月が経過すると、だいぶ慣れてきました。 稽古再開の時には、マスクをしていることを忘れてしまい、茶碗を口元に運んで初めて、マスクを外さなければならないことに気付くという失敗は「しょっ中」でしたが、…

行雲流水

お茶の師匠のはからいで、稽古時間を1時間ごとに区切り、各時間2名「一客一亭」の入替え態勢で稽古が再開されました。全員マスクを着用し、八畳間を広く使っての稽古です。ふすまも窓も開け放たれており、爽やかな風が稽古場を通り抜けて行きます。「行雲…

天下一の点前

利休が宇治の茶商 上林竹庵の茶会に招かれたときのことです。弟子をともなって利休が来訪したことを、竹庵は無常の喜びとして茶室に案内しました。懐石を運び出し中立に至るまでは大過なく茶事は進みましたが、濃茶の点前になると天下の茶匠を迎えた緊張から…

復活の日

小松左京の『復活の日』には、新型ウイルスのパンデミックで滅亡の縁に立たされる人類の姿が描かれています。1964年つまり(前の)東京オリンピックの年に書かれた小説の描写には、「いま」に重なるものがいくつもあります。ほんの数か月前まで通勤ラッシュ…

生き直しの歌

老健施設でお茶のお稽古をされている先生が、「遠山無限碧層々」の掛軸の説明をして、お年寄りに大層喜ばれているというお話を、かつて披露したことがあります。「遠山」とはこれまで踏み越えてきた道のりの全貌であり、人生を振り返って、恨みも誇りもない…