2017-01-01から1年間の記事一覧
本のページに指を挟んで、そのまま新幹線の座席で眠り込んでいると、切符点検のために車掌が車両に入ってくるのに気付きました。高校生のときに初めて一人旅をした時から、今日に至るまで、ずっと切符点検にはどぎまぎさせられます。アナタニ、ホントウニ、…
たとえ話の天才というものがいて、その人の話を聞いて笑い転げながら、後から思い出しては、じわじわとその妙味が心に染みてくることがあります。玄侑宗久さんの著書『禅語遊心』(ちくま文庫)にこんなくだりがありました。 たとえばセメントを作るため、砂利…
多くの名物道具を収集し、分類したことで知られる大名茶人 松江藩藩主 松平不昧は、「客の心になりて亭主せよ。亭主の心になりて客いたせ」と言いました。これを、相手の気持ちになって人に接しなさいという意味に解してしまっては、この語の本当の面白味を…
澄み切った青空のところどころに鱗雲が浮かんで、「天高く」とはこのことを言うのだと、今更ながらに感じます。茶席の床の間には「日々是好日」の軸がかけられていました。うららかな佳日をたたえる言葉のようにも見えますが、禅語のもともとの意味は違いま…
『千江有水千江月』(千江 水有り 千江の月) 此菴禅師の『嘉泰普燈録』が出典とも、長霊禅師の『長霊守卓語録』が出典とも言われる禅語です。冒頭の句には、万里無雲万里天(万里雲無し万里の天)が続き、広大な景色を描き出しています。 千江有水千江月 万…
『掬水月在手』 今日のお茶会の、薄茶席に掲げられていたことばです。もともとの出典である唐の詩人、于良史(うりょうし)の「春山夜月」と題された五言律句は、次のように続きます。 掬水月在手 弄花香満衣(水を掬すれば月手に在り、花を弄すれば香り衣に…
信頼した人から裏切られるということは、人生のなかで避けられない苦しみのひとつです。深く信頼していればいるほど苦しみは大きくなります。その人に最初から出会わなければよかった、そもそもの最初から気安く信頼などしなければよかった。相手を恨むと同…
『列士(皇帝)』や『荘子(斉物論)』に見られる故事に「朝三暮四」があります。宗の狙公という猿好きな老人が、飼っている猿にトチの実を与えていました。ある日、「朝に3つ、暮に4つ実をやろう」と言うと、猿は少ないと言って怒りました。そこで、狙公…
藤井聡太四段の公式戦29連勝は、大きな夢を与えてくれただけではなく、将棋に関わる人たちがいかに魅力的かということも教えてくれました。 勝っても驕らない控えめな態度や、中学生とは思えないほど落ち着いた対応は、将棋ファンならずとも人を引き付けま…
少壮の美学研究者によって著された『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(伊藤亜紗著 光文社新書) は、視覚障害者との関係のあり方について優れた知見をもたらします。のみならず、本書は我々の認識を変換させることによって、ようやく辿り着ける地平…
藤井聡太四段の公式戦連勝が29で止まりました。とはいえ、これからどこまで強くなるのか、どんな強敵と対局して名勝負を見せてくれるのか、そして、それらがこの謙虚な少年の人格をどれほど成長させるのだろうか、私たちは久しぶりに明るい夢を見ることが…
歌壇を代表する歌人であり、細胞生物学者としても著名な永田和宏さんの『歌に私は泣くだらう 妻・河野裕子 闘病の十年』が文庫化されたのを機に再読しました。著者自身が歌人として尊敬する河野裕子さんに乳がんが見つかり、その8年後に転移・再発の診断を…
防波堤ごしに、初夏の陽光に輝く波頭が見えて、海原の明るい青が活力に満ちた季節の到来を告げています。見飽きない青色のグラデーションは、体の奥底に呼びかけるような不思議な力を秘めているように感じます。なぜ水は青く見え、ひとはそれを美しいと感じ…
いまでは知らぬ人のない「千の風になって」が、新井満さんによって訳詞、作曲されたのが2001年のことでした。当初、新井さんは私家版として30枚のCDをプレスし、知人に配布していたのだそうです。この曲が新聞コラムに紹介されて、少しずつ話題になり、やが…
日清、日露戦争では軍事探偵として蛮勇を振るい、浪曲にもその活躍ぶりがうたわれた中村天風でしたが、太平洋戦争には終始批判的な立場を貫いたため、公安に睨まれる存在になっていました。要人に多くの弟子を輩出したとはいえ、敵国の将兵を特別扱いするこ…
昭和20年5月25日の3回目の大空襲によって東京は壊滅状態に陥ります。その明け方、対空砲火によってB29が東京郊外に不時着しました。 その搭乗員であるアメリカの飛行中尉は、近所の農民によって散々に暴行を受けたうえ、交番に連れて行かれました。荒…
柳田國男の『先祖の話』、坂口安吾の『桜の花ざかり』と、いずれも東京大空襲を契機にした作品に触れてきました。短歌の世界にもまた、東京大空襲の桜を題材に詠まれた優れた作品があります。 すさまじくひと木の桜ふぶくゆゑ身はひえびえとなりて立ちをり …
昭和20年3月10日に始まる東京大空襲は、5月26日まで5回にわたって東京の街を焼き尽くしました。第1回目と第2回目(4月13日)3回目(4月15日)の空襲のあいだは、ちょうど桜の花が咲き誇る時期と重なっています。 10万人の死者を出し地獄…
心理学者の河合隼雄さんがよく用いた言葉に「アイデンティティ」があります。河合さんはこの言葉を便利なツールとして使うのではなく、この言葉をとば口として思考を触発するため、あるいは、この言葉ではどうしてもとらえきれない余白のようなものに感覚を…
石庭で有名な京都「龍安寺」の茶室「蔵六庵」の露地に「知足のつくばい」と呼ばれているつくばいが置かれています。徳川光圀から寄進されたとも伝えられるこのつくばいには、中央に四角く水を溜める穴があり、それを「口」に見立て、周囲に4文字、口の上に「…
われわれは「心」を「自分」とイコールで考えようとします。ふだん気がつかないけれども、常に変わらぬ自分を支えてくれるようなもの、「心」をそういうものとしてイメージするかもしれません。ところが、どうしようもない過去について思い煩ったり、制御す…
中村天風の講演の名調子は、今となってはCDなどで窺い知ることができるのみです。しかし、活字でも天風の息遣いやその温かな眼差しまでも、再現してくれるものがあります。その中のひとつ、天風に師事した宇野千代さんの手による講演録を紹介します。これは…
アメリカの児童文学者ルイス・サッカーが書いた『穴』という小説があります。児童向けの図書ということもあり、易しい英語で書かれているので、原書『HOLES』は中学生のペーパーバック入門書として推薦されることもあります。主人公のスタンリー少年は、無実…
人生は「苦」だという仏教の考え方は、ヨーロッパ人には受け入れがたく、最初に仏教がヨーロッパに入ってきた時には厭世的な恐怖主義だということで、大変に嫌われたそうです。「苦」という言葉にはインパクトがありますが、その語の迫力のために本来意味す…
人生は心ひとつのおきどころ 中村天風が講話のあいだによく挿入した名言です。さあ新年だとおもえば、腹の底から泉が湧き出るように、気力も満ちてくるように思えます。物事の良き側面をひたすら見つめる、それを真似てみようと思う。そういう姿勢であれば、…