2021-01-01から1年間の記事一覧
玄侑宗久がかつて、明るく生きることを「明度の高い生活」と呼んで、次のように語っていました。 誰でも子供の頃は、今鳴いたカラスがもう笑った、などとからかわれたことがあるだろう。そう、人は泣いていた時間を捨て、新たに展開した笑いの時間を生きるの…
姪の子どもに「サンタさん」の名前で絵本を送り続けています。今年の一冊は、新美南吉著『でんでんむしのかなしみ』(大日本図書)でした。来年小学校に上がる子なので、ちょうど「かなしみ」という言葉も理解できる歳になっているかと考えました。 『でんで…
遠方の出張先で、久しぶりに酒席に招かれ、したたかに飲んでしまいました。雪で交通手段が無くなればビジネスホテルに泊まろうと考えていましたが、JRのダイヤは動いていて、鈍行列車の駅ごとに扉が開く寒さに凍えながら、深夜どうやら家まで辿り着きまし…
落語の人情噺には、金を無くして困っているひとに、なけなしの金をポンとあげる噺がいくつかあります。先日たまたま付けたテレビで、笑福亭学光が「千両の富くじ」を演っていました。金をすられて困っている丁稚のために、貧乏侍が明日の生活のためのなけな…
歌人穂村弘のエッセイ集『蚊がいる』(角川文庫)所収「永久保存用」のなかの話です。生産中止になるラミーの万年筆を慌てて買い込み、気に入って使っていたところ、机の上から転げ落ちて凹んでしまいます。その凹みを気にしながら、あるマニアの人が自身の…
直方市立図書館に行ってきました。コロナ禍でずっと訪問がかなわなかった「筑豊文庫資料室」が目的です。筑豊の炭鉱を舞台とした記録文学作家、上野英信さんが自宅に開設した「筑豊文庫」の書籍や資料を2016年に遺族が直方市に寄贈し、それが昨年7月に…
前回ご紹介した『イチョウ 奇跡の2億年史』(P.クレイン著 矢野真千子訳 河出書房)を読んで強く印象に残ったことは、歴史をたどる「時間の単位」が途中で大きく変わることです。イチョウが大繁殖した太古から絶滅寸前に至るまでの時間の単位と、ようやく生…
2年前の今頃、出張先の近くにあるイチョウ林を訪れる機会がありました。ぶどう農家の方が、亡くなった奥様への思いを込めて農園跡地に約80本のイチョウを植樹したものが立派な樹林になっており、初冬には葉は金色に染まり、敷地一面が黄色い落葉のじゅうた…
今日のお茶の稽古は炉開きでした。今日から炉を使っての稽古が始まります。 旧暦十月の「亥」の日に、炉を開いてお祝いをするのが炉開きです。亥は子だくさんで火を消す習性があることから、子孫繁栄と火難を免れることを祈ってこの日に炉を開くことを始めた…
昨日まで庭に咲いていた秋明菊の花が褪せて行き、ホトトギスの花がひとつひとつ萎れて行く。昨日まで確かにあったものが無くなることを、小さな庭のなかで日々感じます。 ものの不在をたくみに詠んだ歌人が、藤原定家です。 駒とめて袖うちはらふ陰もなし佐…
お茶の稽古に、庭に咲いていた秋明菊を持っていきました。風炉の稽古も今日が最後、そして秋明菊の柔らかな白い色をめでることができるのも、あと僅かの期間です。この花の色を見ていると、秋という季節を「白」と表すのがよくわかるように思います。陽の暖…
大濠公園の日本庭園で催された秋季茶会に参加しました。 私が大広間で薄茶の点前を担当してから、2年ぶりの茶会です。コロナ禍は実に2年近くも、私たちから行動の自由を奪ってきたことに改めて気付きます。 濃茶は感染対策で、本来の回し飲みではなく、客ご…
『永仁の壺』(村松友視著 新潮社)を読みました。絶版本を古書店で見つけたものです。(Amazon中古にまだ在庫はあります) 永仁の壺事件とは、昭和三十四年「永仁二年」の銘をもつ瓶子が、鎌倉時代の古瀬戸であるとして国の重要文化財に指定されたものの贋…
お茶の稽古の前に、禅語の本をパラパラとめくって、予備知識を得ておくのですが、そのなかで次の言葉に目が止まりました。 池成月自来 (池成って月自ずから来る) 出典は、13世紀南宋の禅僧の語録『虚堂録』です。「池ができれば、その水に月は映じ、月が…
お茶の稽古が再開され、およそ2か月ぶりに師匠の稽古場に向かいました。柄杓に残ったお湯を釜に戻すときの水音、濃茶を練るときの茶筅と茶碗の擦れ合う音、しだいに立ちのぼるお茶の香り、どれも懐かしく気持ちの引き締まる感覚です。 夏場の点前は、客から…
数々の秋草の登場につい忘れてしまいますが、夏の終わりをあれほど賑わせていた彼岸花が、いつのまにか姿を消しています。花の時期が終わって花茎が無くなると、彼岸花は細い線形の葉を放射状に伸ばし、その葉の緑を保ったまま冬を越します。そして他の植物…
やや古い話になってしまいますが、オリンピック柔道の試合判定に、ゴールデンスコアが採用されて、しみじみ思うことがありました。ほとんど気力だけで畳のうえに立っている選手の姿を見て、「美しい柔道」を標榜するような考え方を封じてしまうような迫力を…
歌人笹井宏之は15歳で身体表現性障害という難病を発症し、寝たきりのままインターネットで短歌の投稿を続けた人です。多くの賞を受賞し、将来を嘱望されながら2009年26歳で夭逝しました。その歌集『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』(ちくま文庫…
緊急事態宣言のあいだ休みだったお茶の稽古も10月から再開されます。今年の風炉の稽古は短いものでしたが、7月の研究会で業躰先生(裏千家家元の内弟子の先生)に厳しく指導していただいたことは、よい勉強になりました。あれから2か月以上が経過して、…
玄侑宗久の『中陰の花』は、主人公の住職の知り合いのお婆さんが亡くなってから中陰(四十九日)を迎えるまでの間の住職夫婦の関係を核にして、死生観を展開していく小説です。この夫婦の会話の中に、極楽浄土はどの辺りにあるかという話があって、私は前か…
昨日、全共闘のことを書いたあと、道浦母都子にこんな歌があったのを思い出しました。 私だったかもしれない永田洋子 鬱血のこころは夜半に遂に溢れぬ(『無援の抒情』) 「空爆の下でおびえる人」だったかもしれない、ではなく「永田洋子」だったかもしれな…
私は1959年生まれですので、全共闘世代と時代を共有したことはありません。「連帯を求めて孤立を恐れず」のスローガンも、高橋和巳の著作などを通して、かろうじて知っている程度です。財政危機が懸念される2025年問題を引き起こす厄介者であったり、老人医…
秋草の直立つ(すぐたつ)中にひとり立ち悲しすぎれば笑いたくなる(道浦母都子『ゆうすげ』) 道浦母都子は大学在学中、全共闘運動に参加し、その体験をもとに書かれた歌集『無援の抒情』はベストセラーにもなりました。歌集のタイトルは、全共闘の渦中にい…
吾木香(われもこう)すすきかるかや秋くさのさびしききはみ君におくらむ(若山牧水『別離』) 秋草の名を並べて上句とし、下句で「君」に語りかける歌の調べは、前回の馬場あき子の歌と同じです。豊かな実を実らせることなく、やがて枯れてゆく秋草は、こう…
大江山桔梗刈萱吾亦紅(ききょう かるかや われもこう) 君がわか死われを老いしむ(馬場あき子『桜花伝承』) 大江山は酒呑童子で有名な場所で、この歌の上句は能楽「大江山」の謡の一節を引いています。能楽「大江山」では、鬼退治の勅命を受けた源頼光の一…
ムラサキシキブの実が色づいています。 二年前に購入した苗がすくすくと育ち、昨年は四方に枝葉を繁らせただけでしたが、今年になって初めて花が咲き実をつけました。葉の脇に小さな丸い実が小房状に成っています。夏のあいだ薄緑色だった実が、秋になると紫…
わたしの経営する組織が、来年いろいろな意味で節目の年でもあるにもかかわらず、コロナ禍で周年行事もままならない環境に置かれています。そこで、これまでお世話になってきた方々へのご挨拶代わりに、わたしの思いの丈を出版することを思い立ちました。当…
一昨晩から続く叩きつけるような雨の音に、眠りの浅い日々を過ごしています。たった今も、スマホからけたたましい特別警報の音が響いていました。何十年に一度の災害に、ほとんど毎年見舞われるようになって、もう何年が経つでしょう。 濁流だ濁流だと叫び流…
前回触れた、松村由利子さんの『31文字のなかの科学』には、しばらく考えさせられる話題が取り上げられています。彼女が新聞社の科学環境部に配属されたとき、初めて「ヒーラ細胞」という言葉を知ることになります。このときの衝撃を松村さんは次のように…
通勤の心かろがろ傷つかぬ合成皮革の鞄に詰めて (松村由利子『薄荷色の朝に』) 毎日新聞の記者で、主に科学関係の部署で活躍していた松村由利子さんの歌です。上の句で心軽やかに通勤する姿を想像させて、下の句で大きく意味を反転させます。多少手酷く扱…